こころ通信

富士山マラソン奮闘記②

投稿日時2014年12月2日
投稿者Yutaka Kanemaki

①はこちら

こうして好調を感じながら遠足の歩みは進んでいました。 このあとに襲いかかる試練のことなど思いもせずに。。。

河口湖大橋にさしかかり沿道には応援する人がたくさん。パワーをもらえましたね。
眼下に河口湖が広がり、その外周が目に飛び込んできます。これから走る距離の長さを思い知らせらる景色です。
気を引き締めつつエネルギージェルでカロリー補給。お気に入りのバナナ味が心地いい。
oohasi

ここからの約10kmはとにかく無理せず一定のペースを心がけて。 同じくらいのペースのランナーにくっついて走るわけです。 私はそんな時女性ランナーを探します。それは私が変態だからとか、ストーカーだとか。。。ということではなく、皇居などでもよく感じるのですが、女性の方がマイペースを維持する能力に優れているように思うのです。 自分の力をしっかり認識して冷静なのかもしれませんね。 これはあくまでも私見ですが。  お陰さまでそんな方法で中間点(21km)まではほぼペースを守れました。

といっても約1時間49分。後半の疲れを考えると遅れ気味ではありましたが。
20km過ぎからは西湖へ向かう厳しい登り坂。昨年はこの坂を登りきったところで脚が痙攣して大幅に失速してしまいました。 今年は抑え目のペースでゆっくりと。  タイムロスはしかたないものの脚は無事。

ここから西湖を1週します。「よっしゃー!」心の中で気合を入れ、後半のためにポーチに仕込んでおいた秘薬を口に放り込む。

昨年のリベンジが本格的に始まりました。

ところが・・・・・

27~28kmくらいの頃だろうか、今までに経験したことのない感覚が左脚を襲いました。いつもふくらはぎをつることから始まるトラブルですが、この日は太もも全体が痙攣しだし、膝上の筋肉も肉眼で見れるほど大きく痙攣。明らかに筋肉が波打っているのです。そして、その後ふくらはぎをつるという、かなり過酷なトラブルに陥りました。
湖畔

いよいよ30kmにさしかかりこれからが勝負という時だったのでがっくり。しかし落ち込んではいられません。一旦止まり曲げ伸ばしで様子をみて、またゆっくりと走り出す。しばらくはこんなことを繰り返していました。 一時的に回復するもののペースを上げると再び激しい痙攣と痛み。徐々に失速。  正直このあたりで目標タイムでのゴールは「無理かも・・」と感じました。  「ならば4時間以内にゴールしよう!」 ゆっくりのペースでソロリソロリと歩みを進める。
一向に止まらない痙攣。   先ほど慎重に登った坂を今度は痙攣しながら下ります。  このあたりが精神的にとても辛かったです。

坂を下りて河口湖畔に戻ればあとは6~7kmくらい。ここからはあまりよく覚えていませんがひたすら気力で走った感じですね。 40km付近で地元高校の吹奏楽部が演奏してくれている前を通過。 AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」が始まったところでした。 この曲は娘の高校の謝恩会でPTA役員みんなで踊ったけなー、なんてことを思い出しちょいウルウル。

すでにかなりヘロヘロ状態のゴール少し前。多分41.5kmあたりだろうか。女房が待っていてくれました。
スタート前に私は「絶好調なら3.5時間で戻るから。でもまあ大きなトラブルがなければ4時間くらいかな!」なんて言ったものですから寒いなか女房をかなり待たせてしまいした。

「お父さんもう少しだよ!」の女房の声が嬉しかったですね。

結局 4時間20分 でゴールしました。

なんと昨年よりも6分ほどタイムが後退してしまいました。 まあこれがフルマラソンってやつなんですよね。
10km×4 でもなければ ハーフマラソン×2 でもない、フルマラソンっていうおおきな化け物なわけです。
だから挑み甲斐もあり面白さがあるわけです。
とても悔しい結果ではありますが、要するに練習不足の脚力不足ということに尽きるように思います。
この結果を教訓にまた頑張ろうと思います。 40代最後のフルマラソンと位置づけただけに残念な結果でしたが無事に完走できたことは次に繋がることだと思います。

こんな私ではありますが実は4月に次のレースにエントリー済。 4月はさらに過酷なレースです。

懲りない中年ランナーの金巻でした。

長い駄文にお付き合いくださいましてありがとうございました。
yutakaN2011_NEW

 

 

 

 

 

 

 

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